本学では3月21日から、新型コロナウイルスに対するモデルナ製ワクチンの3回目の職域接種を実施し、5月21日・28日には主に1年生を対象とした接種を追加しました。5月28日のまとめですが、学外での接種を含めたワクチン接種率は、1年生48.5%、2年生78.5%、3年生75.5%、4年生84.8%、院生64.3%、学生全体では71.2%、教員94.8%、職員95.4%、大学全体では72.9%です。2回目までの接種率は1月末の集計で、学部生90.7%、院生95.9%、教職員96.9%、大学全体では91.2%でしたので、今回は学生の皆さんの接種率が低いままです。
モデルナ製ワクチンの場合の接種量は1、2回目の半量にも関わらず、注射局所の疼痛、発熱などの副反応が同様に出現するので、ファイザー製ワクチンが希望されたため、あるいは、仮にオミクロン株に感染したとしても、若年層では大半が軽症~無症候であることと副反応の強さとが見合わないと判断されたためでしょうか。
今回は3回目、4回目の接種(ブースター(追加)接種という言い方では、3回目が1回目のブースター接種、4回目が2回目のブースター接種となります)の有効性についてまとめてみました。副反応は3回目、4回目の接種でも新たなものはなく、従来とほぼ同等とされていて、短期的な安全性は担保されています。
- 世界の動向
まず3回目の接種の有効性をみてみましょう。2回目のワクチン接種から6か月後の抗体価を追跡した4,868人のデータがイスラエルから報告されています。スパイク蛋白の受容体結合領域に対するIgG抗体は徐々に低下し、6か月後には約10%まで低下しましたが、中和抗体価は3か月後に約25%まで低下したものの、その後6か月後までの低下は緩やかでした。中和抗体価の低下は男性、65歳以上、免疫抑制状態の人たちで目立ちました。
これを受けて、世界で最も早く3回目のワクチン接種を開始したのがイスラエルです。2021年7月30日にイスラエル保健省が3回目の接種を承認し、その後の2か月間で接種を受けた50歳以上の約84万人における死亡率は約90%低下しました。この圧倒的な結果を受けて若年層にも追加接種が進み、2021年10月10日までに3回目の接種を受けた16歳以上の約470万人のデータが公表されています。これによると、ブースター接種群の発症率は非接種群の約1/10に低下しました。重症化率もどの世代においても低下し、60歳以上では重症化率は非接種群の1/17.9、致死率は1/14.7に低下しました。
以上はデルタ株のデータですが、オミクロン株に対しても、ファイザー社のデータでは3回目接種後に中和抗体価は25倍に上昇したとしています。しかし、mRNAワクチンでもその後は、時間経過とともに抗体価が低下します。英国のHealth Security Agency(健康安全保障庁)のデータでは、高齢者では1回目のブースター接種で大きく上昇した中和抗体価が3~5か月後には再び低下し、ワクチンによる発症予防効果は大きく低下するものの、入院リスクに対する予防効果は保たれていたとしています。
2021年11月のオミクロン株の登場により、イスラエルでは2022年1月2日から、3回目の接種から4か月以上経過した60歳以上と免疫不全のためハイリスクである18歳以上の人たちに、医療従事者、療養施設入所者、ハイリスク者の介護者、職業上曝露リスクが高い人たちを加えて、4回目の接種を開始しました。3月2日までの1,252,331人のデータが公表されていますが、人口10万人当たりの重症者は、4回目の接種から8日以上経過した4回接種群では1.5、3回接種群では3.9、対照群(4回目接種を受けてから3日~7日経過)では4.2人でした。第4週における重症化率は、4回接種群では3回接種群の1/3.5で、感染予防効果は低下していきますが、重症化予防効果は6週間後でも保たれていました。
欧州各国では対応が微妙に異なり、英国では75歳以上と12歳以上の免疫不全の人たち、フランスでは3回目の接種から3か月以上経過した80歳以上と免疫不全の人たちから開始して、後に6か月以上経過した60歳以上を加えています。ドイツでは3か月以上経過した70歳以上と5歳以上の免疫不全の人たち、介護施設入所者、6か月以上経過した医療・介護従事者が対象となりました。欧州のEuropean Medicines Agency医薬品局のワクチン戦略責任者が1月11日、1回目のブースター接種の重要性、免疫不全の人たちへの2回目のブースターの必要性は認めながらも、3、4カ月という短い間隔で4回目接種を行った場合、免疫系に負荷をかけ過ぎて十分な免疫反応が得られなくなる恐れがあり、免疫系が正常な60歳未満への4回目接種は時期尚早と発言したことが影響していると思います。
一方、米国ではFood & Drug Administration医薬品局が2022年3月に2回目のブースター接種を承認し、これを受けてCenter for Disease Control疾病管理センターは3回目接種から4か月経過した50歳以上と、重症化や死亡リスクが高い免疫不全の人たちを対象としました。ただし、50歳以上からという判断には、エビデンスが乏しいという意見もあるということです。
以上、4回目(2回目のブースター)接種の効果について現状をまとめると、中和抗体価からみた発症予防効果は短期的であり、抗体価は速やかに低下するために発症予防効果も2ヶ月で低下してしまいます。しかし、オミクロン株に対してもなお、重症化抑制効果、死亡抑制効果は保たれているという結果です。重症化するリスクが高いのは高齢者、およびハイリスクの免疫不全の人たちですから、これらの人たちに重症化抑制を目的として4回目の接種を行うことは、世界的に妥当と判断されているというまとめになります。
- わが国の対応
厚労省は4月27日、3回目のワクチン接種から5ヶ月経過した60歳以上の世代と基礎疾患(慢性の呼吸器疾患など14疾患と、BMI130以上の肥満)をもつ18歳以上の人たち、重症化リスクが高いと医師が診断している人たちに、4回目の接種を行う方針であると公表しました。60歳以上は努力義務、ハイリスクの人たちは勧奨接種です。4回目の接種は高齢者、およびハイリスクの人たちの重症化を予防する効果があるという世界的見解を踏まえて、4回目の接種(2回目のブースター接種)を行うという判断に至ったものと思います。実際、5月25日から4回目の接種が始まっています。
わが国の4回目の接種で、対象者から60歳以下の世代、特に医療・介護従事者が外れたことには批判もあります。発症予防という観点からは、イスラエルなどのデータをみれば、オミクロン株に対する発症予防効果を長期間期待することはできません。ワクチンを接種してもしなくても、2ヶ月以上経過すれば、発症予防については、ほぼ差はなくなるわけです。しかし、重症化予防効果は依然高いレベルで保たれていますので、60歳未満の世代においても、重症化する頻度は低いとはいえ、発症した場合には重症化予防効果が期待できます。
医療従事者、療養施設入所者、ハイリスク者の介護者など、イスラエルが対象に加えた職業上曝露リスクが高い人たちに対する4回目接種は、ハイリスクの高齢者や基礎疾患保有者を重症化から守るという立場に立つならば、当然考慮されて然るべきと思います。60歳未満は万一感染した場合、オミクロン株ならば大半は軽症で済むとしても、感染者数が非常に多くなれば、その中から中等症、重症に陥る人たちが生じてきますから、当事者にとっても接種のメリットはあります。先の大学入試共通テストが実施された際、受験生に対してはさまざまな配慮がなされましたが、試験監督にあたる人たちに対する配慮はどうなのか、感染防止対策が不十分ではないのかと甚だ疑問を感じていたことを思い出します。
3)今後に向けて
若年層はオミクロン株に感染しても、大半が軽症、ないしは無症候で経過しますので、自らが感染しているという意識がないまま、高齢者やハイリスクの免疫不全の人たちに接触し、感染させてしまう可能性があります。本学では、特に臨地実習に赴くが学生の皆さんには、感染・発症・重症化から自身を守るだけでなく、ハイリスクの人たちに感染させるリスクを少しでも低下させるために、できる限りワクチン接種を受けるよう推奨してきました。この点に関する状況は変わっていませんので、3回目の接種を受けていない学生の皆さんには、ぜひ接種を受けてもらえるよう、先生方から改めてご指導いただきたいと思います。
4回目の接種については、世界的にハイリスクの人たちの重症化予防が主目的となっていますので、該当する皆さんには速やかに接種を受けていただきたいと思います。60歳未満の皆さんへの追加接種については、国からの指示を待って対応します。
mRNAワクチンは新型コロナウイルスに対して初めて登場した新しいタイプのワクチンです。短期的な副反応は、効果に比較すれば受容可能と判断されましたが、長期的な影響については未知数です。今後、オミクロン株に続く新たな変異株が出現して、瞬く間に世界中に拡散する可能性はゼロではありません。新型コロナウイルスワクチンもインフルエンザワクチンのように、新たな流行株に対するワクチンを毎年接種する必要があるという状況になる可能性が高いと思いますが、mRNAワクチンの接種を繰り返していく場合には、欧州の医薬品局が懸念していると伝えられる長期的な免疫系に対する負荷がどのような形で現れるのか、現れないのか、今後も注視する必要があります。
今回わが国で、米国ノババックス社が開発したスパイクタンパク遺伝子を用いた組み換えタンパクワクチンの使用が承認され、同社から技術移転を受けた武田薬品が国内生産を開始しました。副反応はmRNAワクチンよりも軽いとされていますが、ごく最近、米国医薬品局は心膜炎・心筋炎を注意すべき副反応に追加しています。塩野義製薬が開発し、現在複数の臨床治験が行われている国産ワクチンも同様に、スパイクタンパク全長をコードする遺伝子から作られた組み換えタンパクワクチンです。mRNAとは異なるタイプのワクチンの実用化には、1種類のワクチンのみに頼らず、選択の多様性を広げる意味があります。新たな変異株の大流行の直前に、その変異株に有効なワクチンを接種するという考え方が新型コロナウイルスでも適切となるのかもしれません。