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2022.08.05

学長室から~8月5日号~

つい先日、「学長室から8月1日号」をお届けしたばかりですが、この数か月間、ずっと探し求めていたデータを入手することができましたので、再度ご紹介したいと思います。
このデータとは、7月27日に開催された厚労省の第92回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードにおいて、メンバーである大東文化大学の中島一敏教授が発表した「オミクロン株感染における感染、発病、感染性のある期間等に関する文献資料」です。オリジナルの資料は、厚労省のホームページに第92回アドバイザリーボード資料の「資料3-5-②中島先生提出資料」として掲載されています。ここには詳しい引用も付けられていますので、この小論では引用は省略します。
また、BuzzFeed Japan Medicalの岩永直子さんによる中島教授へのインタビューが8月1日夕に配信されています。こちらも参考にしていただくとよいと思います。


1) オミクロン株の潜伏期間
 潜伏期間(incubation period、latent period)は、感染源に感染してから発症するまでの期間を指します。発症すれば、皆が気がつき、その日時を特定できますが、いつ感染したのかは、通常ははっきりしません。
我が国における積極的疫学調査(HER-SYSデータ)を用いた曝露からの経過日数による発症確率は、3日で53.03%、5日で82.65%、7日で94.53%でした。3日までに約半数、7日までに95%が発症しています。潜伏期間の中央値は、オミクロン株では2.9日で、α株の3.4日よりも短縮していました。クリスマスパーティーという一点で曝露したと想定されるノルウェイ事例の疫学調査に基づくオミクロン株感染の潜伏期間の推定値も、中央値は3日で、長くて7日でした。
 以上まとめると、オミクロン株の潜伏期間の中央値は2.9日で、7日以内が95%となります。もっと短縮しているのではないかという印象でしたが、約半数は感染から3日から7日の間で発症していました。

2) オミクロン株の発症間隔
 発症間隔(serial interval)は、感染源の人の発症から、その人が感染させた人が発症するまでの期間を指します。ともに発症を捉えるので、把握しやすい指標です。世代時間(generation time)は、よく似た指標ですが、感染源の人が感染してから、次の人に感染するまでの期間を指します。
国立感染研の実地疫学調査データでは、発症間隔の中央値は2.6日でした。また、数理モデルの解析では、発症間隔の平均値は2.38日で、感染の51.1%はpre-symptomatic、つまり発症前に生じていました。
 オミクロン株の発症間隔(中央値2.6日)の方が潜伏期間(中央値2.9日)よりもやや短いということは、感染源の人が発症した時には、約半数の人たちはすでに他の人に感染させていることになります。発症前の段階で対策を講じることが重要であることがわかります。

 オミクロン株の家庭内での二次感染率は、実地疫学調査からは31%~45%でした。家庭内二次感染率をデルタ株と比較したわが国の論文では、オミクロン株は31.8%で、デルタ株の25.2%より1.6倍上昇していました。オミクロン株の方が家庭内感染を起こし易いという結果です。

3) オミクロン株の感染性がある期間
 川崎市健康安全研究所によると、PCR検査のCt値から判定した陽性者は、発症3日前、2日前では0名で、発症前日で漸く3/4名の75%でした。
 山口県の抗原定量検査106例の解析でも、発症3日以前に採取された検体11例ではいずれも陰性、発症2日前の20例では抗原陽性は1例(5%)、前日の29例では陽性は9例(31%)でした。発症前日までに採取された60検体中50例(83.3%)は陰性であったことになります。抗原定量検査はPCR検査より感度は低いですが、発症前日に陽性になったのは31%で、前日に検査をしても必ずしも陽性ではありません。発症前日の検査で陰性であっても、感染していないとは言えないというデータです。
 今回、無症状の濃厚接触者が2日目と3日目に抗原定性検査を受けて陰性であれば、自宅待機を解除できることになりました。しかし、これらのデータをみれば、濃厚接触者は2日目、3日目の抗原検査陰性だけではまだ、発症する可能性、発症する前から人に感染させる可能性が残ると中島教授は指摘しています。

 オミクロン株感染の感染性持続時間を、積極的疫学調査におけるPCR検査のCq値(threshold cycle:Ct値と同じ)の推移から検討すると、診断後の日数別では7-9日目までは陽性で、10日目以降は陰性でした。有症状者の発症後の日数別では10-13日目でもまだ陽性で、14日目以降は陰性となっていました。
ウイルスが分離培養可能か否かを調べた感染研のデータでは、診断から7-9日目ではPCR検査は17/18例が陽性、ウイルスが分離できた検体数は2/18例、PCR陽性検体中で分離できたのは2/17例でした。診断から10日目以降ではPCR検査は9/27例が陽性ですが、ウイルスは1例も分離されませんでした。有症状者の発症後の日数別に検討したデータでは、発症から7-9日目ではPCR検査は16/16例が陽性、ウイルスが分離できた検体数は3/16例、PCR陽性検体中で分離できたのは3/16例でした。発症から10日目以降ではPCR検査は11/22例が陽性ですが、ウイルスは1例も分離されませんでした。無症状者の場合は、PCR検査で陽性を確認後6-9日目で、PCR検査は3/4例が陽性ですが、ウイルスは1例も分離されませんでした。
 分離培養が可能であったウイルスに感染性があると考えれば、9日間経過するまでは感染する可能性があることになります。一方、PCR検査は感染性を失っているウイルスのRNA断片でも検出できますから、発症後10-13日でも7/12例が陽性、14日目以降でも4/10例が陽性でした。
 オミクロン株感染者のウイルス排出期間を調べた論文では、PCRが陰性化する期間は最初の陽性から15日まで、ウイルスが分離されるのは10日までで、デルタ株より短縮していないことが示されました。

4)中島教授による「まとめ」
以下、中島教授による「まとめ」を紹介します。
「オミクロン株で潜伏期間は短縮しましたが、ウイルスの排出期間は短縮していません。感染性という観点からは、発症前の期間は短縮しましたが、発症後の期間は短縮していないので、発症後10日間は人と接触しない方がよいです。濃厚接触者の場合は、陽性者と最後に接触した日から7日間程度は発症する可能性を想定する必要があります。7日間は感染防御対策をしっかり実行し、発症したら感染したと考えるのが合理的です。
濃厚接触者の待機期間を3日間で解除できるとするのは危険です。合理的根拠が示されていません。濃厚接触者は、自分が発症する可能性と人に感染させる可能性を考えて、7日間は注意すべきです。3日で元の生活に戻ってよいとするのは間違いで、少なくとも、マスクなしで会話する、会食する、お茶をしながら喋る、大声を出す、歌を歌うなど、感染させるリスクを高める行動は避けるべきです。3日間で待機を解除するという前に、「いつまでは発症するリスクや人に感染させるリスクがあるので、その間は感染予防をきちんとしましょう」というメッセージを出すべきです。2日目、3日目の検査で陰性だったので、解除になったのだから、これでコロナは終了で、4日目、5日目に体調が悪くなったとしてもコロナではない」と考えるのは誤解です。」

5)今後に向けて
 今回、濃厚接触者の待機時間を7日間から5日間に短縮したのは、無症状であれば、ギリギリ大丈夫なのでしょうが、感度がPCR検査より低い抗原定性検査を2回受けて陰性だからといって、3日間に短縮するのはリスキーだという中島教授の指摘は、今回提示されたデータをみれば、正しいと思います。
PCR検査陽性者の隔離解除は10日間ですが、無症状の場合は7日間でよいとしている自治体もあります。厚労省のホームページではこの記載はないようですが、今回紹介されたデータでは、診断から7-9日目でも少数ながらウイルスが分離培養できていますので、7日間に短縮して本当に大丈夫なのでしょうか。

濃厚接触者の指定を止めるべきだという意見もありますが、治療法がない感染症への対策の基本は依然、「検査と隔離」です。治療法はパンデミックの当初と比較すれば、随分と進歩していると思いますが、新潟でも最新の治療法にアクセスできるかどうか、例えば、新しい治療薬が十分配分されているのかが問題です。季節性インフルエンザに対するタミフルのような「特効薬」が普通に使用できるという状況でなければ、われわれにできる対策は、必要なPCR検査を行って、陽性者、濃厚接触者はそれぞれきちんと基本的な感染防御対策を守ることになります。社会経済活動を早く再開させたいと考える人たちが、科学的な根拠なく大丈夫と主張し、濃厚接触者の隔離期間短縮のように、国の施策となってしまうのは大いに問題だと思います。

8月2日には政府分科会の「専門家有志」が緊急提言を発表しています。指定医療機関の対応も、保健所の対応も、感染者の全数把握も、BA.5感染者の急増のため対応できるキャパシティーを超え、機能不全に陥っています。これは感染法上の規程が「2類相当」であることに由来しますから、何とかしなければならないのですが、この提言に対する島根県知事のコメントが出ていますので、ご覧ください。
事前に行っておくべき準備を行わず、「想定外の」感染者の急増に対応できなくなったので、これから対象は対応出来る範囲に限定しますというのは、これまで学習する機会は多々ありながら、学習せず、然るべき準備をしてこなかった人たちの責任です。そのしわ寄せを受けるのは、医療が必要な状況になっているにも関わらず、十分な医療を受けることができずに亡くなっていく人たちです。
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