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2023.11.23

学長室から~11月23日号~「マスクの着用について」

22年度の9月末以来、何度か「学長室から」を発信しようとはしたのですが、取り上げた話題を取り巻く状況が想像以上に早く変化してしまうために、結局発信を見合わせてきました。今回は新型コロナ感染症が落ち着いており、インフルエンザも11月2日をピークに減少に転じているこの時期に、改めてマスクの着用について、新潟医療福祉大学の立場をお伝えしたいと思います。

 現在の感染状況は11月6日から12日までの1週間のデータが最新のものですが、定点当たりの新潟全県の報告数は、新型コロナは2.30で、前週の2.09から微増でした。9月25日に開始された新型コロナウイルス感染症入院サーベイランスでは、県内13の基幹定点医療機関からの定点当たりの報告数は0.62(実数8)で、前週の1.00(実数13)よりも減少しています。一方、季節性インフルエンザについては、定点当たりの全県の報告数は13.55で、依然、国の示す注意報基準の10は超えていますが、前週の14.24からは減少しています。学内では、11月16日にこれまでで1日当たり最高の7名の届け出があり、インフルエンザの罹患者が増えています。

 ご存じの通り、わが国では2023年3月13日以降、マスクの着用については個人の主体的な選択を尊重し、個人の判断が基本となりました(厚労省HP)。さらに5月8日には新型コロナウイルスの感染症法上の位置付けが「2類相当」から、インフルエンザと同じ5類に変更になりました。
2023年も7月から9月にかけて感染の大きなピークが生じましたが、幸い重症化率が大幅に下がっていることから、社会経済活動の再開によっても、全体としては大きな混乱もなく経過してきました。新型コロナがニュースに取り上げられる場面は少なくなり、ハイリスク高齢者の医療に関わる関係者以外には、ほとんど話題にもならなくなっています。実際に新潟市内の繁華街をみても、マスクを着用している人の割合は低下し、半数を下回っているように感じます。

1)マスク着用の有効性に関する研究のまとめ
マスク着用が有効か否かについては、2023年1月に発表されたコクランレビューが、マスク着用には呼吸器系のウイルス感染に対する予防効果がないという仮説を裏付けるものとして、大変話題になりました(Physical interventions to interrupt or reduce the spread of respiratory viruses. Cochrane Database Syst Rev. 2023; 1: CD006207.)。

この総説は呼吸器系ウイルスに対するさまざまな感染防御措置を扱った78の研究をまとめたシステマティックレビューですが、一般的にコクランレビューの結果は非常に高く評価されているので、この総説が話題になったのだと思います。
 ところが、大阪大学感染制御学の忽那賢志教授も指摘している通り、このうちマスクの着用と非着用について検討した研究は10件で、さらに新型コロナウイルス感染症の世界的流行の後に行われた研究は2件に過ぎません。いずれの研究も、マスクの着用率が低かったり、マスクの着用時間が限られていたりしています。これでは、コクランレビューといえども、「マスクの着用が新型コロナウイルスの感染予防に効果があるのか」という問いに答えたものになっていません。
コクランレビューで取り上げられた、新型コロナウイルスのパンデミック後に実施された研究はデンマーク(Effectiveness of Adding a Mask Recommendation to Other Public Health Measures to Prevent SARS-Cov-2 Infection in Danish Mask Wearers. A Randomized Controlled Trial. Ann Int Med. 2021; 174: 335-343)とバングラデシュ(Impact of community masking on COVID-19: A cluster-randomized trial in Bangladesh. Science 2021; 375: issue6577, DOI: 10.1126/science. abi9069.)から報告されたものです。
前者は2020年4月から6月に、家庭外でのマスク着用を推奨された3,030人と、対照の2,994人の間でマスク着用の効果を比較したものです。観察期間中にマスク推奨群の42人(1.8%)、対照群の53人(2.1%)が新型コロナに感染し、両群間に有意差はなかったと報告されています。推奨群での家庭外でのマスク着用時間は中央値4.5時間で、推奨通りに着用した人は46%となっています。
後者は2020年11月から2021年4月にかけて、バングラデシュの600村に住む成人(主に男性)の中で、178,322人のマスク介入群と163,861人の対照群を比較しています(なんと合計34万人の大規模研究です)。介入群のマスク着用率が13.3%から42.3%に上昇するとともに、COVID-19様の感染症状保有者(必ずしもPCRや抗原検査が行われていません)は介入群7.63%、対照群8.60%で、11.6%減少しました。有症状で血液検査陽性者も介入群では9.5%減少しました(p=0.03)。60歳以上の年齢層での有効性も指摘していますが、マスクの効果を評価するための研究であっても、着用率は高々42%に過ぎませんでした。

 Ann Int Medに2023年5月に掲載された総説(Chou R & Dana T: Major Update: Masks for Prevention of SARS-CoV-2 in Health Care and Community Settings—Final Update of a Living, Rapid Review)は、最近のランダム化研究をまとめた結果、コクランレビューの結論とは異なり、communityという条件下でも、health careという条件下でも、マスクの着用はCOVID-19感染を防ぐ上で有効であるとまとめています。しかし、エビデンスレベルは低く、リスク減少も10%から18%程度に留まっていました。
この報告と先のコクランレビューを元に、同号に掲載されたEditorial(Getting to the Truth About the Effectiveness of Masks in Preventing COVIO-19)では、マスク着用とCOVID-19感染の防御効果、あるいは発症抑制効果の判定には、他の交絡因子(ウイルスの変異、自然免疫の獲得、ワクチン接種の有無、ワクチンの種類、感染の判定方法の差異、対人接触の回避(社会的距離の確保)などの他の感染防御措置の有無、N95か布製かなどのマスクの性状の違い、着用時間・着用方法などの差異など)をコントロールし切れていないという根本的な課題を指摘しています。

その上で、

1)マスク着用の効果は、ウイルス伝搬の防止なのか、感染の防止なのか、またマスクそのものの有効性なのか、マスクを推奨する政策の有効性なのかを明確にすること、

2)マスクは数多くの感染防御措置のうちの一つであると認識すること、

3)マスク着用の利点だけでなく、有害性も考慮すること、を求めています。マスクが実験室ではなく、リアルワールドで実際に着用された場合の効果を検証すべきであるとも述べていますが、上記のさまざまな因子をコントロールするのは簡単ではありません。

以上、新型コロナに対するマスク着用の効果に関するエビデンスについては、コクランレビューの結果だけから「マスクの着用には効果なし」とは結論できないこと、リアルワールドデータとして実証することも容易ではないことを、ご理解いただけると思います。


2)マスクを着用する目的は
そもそもマスクを着用する目的は何でしょうか。自らが感染しないようにするためでしょうか。それとも、感染を広げないようにするためでしょうか。自らが感染しないためにマスクを着用する効果を検証することが極めて難しいのは上記の通りですが、それでは感染を広げないという効果は検証できるのでしょうか。

ユニバーサルマスキングの有効性に関しては、Lifting universal masking in schools—COVID-19 incidence among students and staffというCowger TLらの報告(N Engl J Med 2022; 387: 1935-46)があります。マサチューセッツ州のgreater Boston areaでは、公立学校におけるユニバーサルマスキングの政策を2022年2月に廃止しましたが、学校区によっては同年6月までこの方針が維持されました。その結果、生徒とスタッフの新型コロナ罹患率は、マスクを廃止した学区の方がマスクを維持した学区よりも高くなりました(生徒とスタッフ1,000人あたり15週間で44.9例がより多く発生しており、増加は生徒よりもスタッフに顕著でした)。マスクの着用が学校という集団の中で、感染の拡大を防ぐ効果を認めたという報告です。
 コクランレビューの中で取り上げられた、上記のバングラデシュからの報告も、マスクを無料で配布した村と配布しなかった村における罹患率を、34万人を対象に比較検討したもので、マスク配布群の罹患率が11.6%減少したことを示しています。しかし、配布された村でもマスクの着用率は42%であり、他の交絡因子はコントロールできていません。

 わたしたちはインフルエンザに罹患した時は、感染を広げないためにマスクを着用してきました。そもそも感染していない人たちがマスクを着用して感染を予防するということは、医療機関で感染者に接する医療者以外では、主な目的ではなかったのです。
先ほどの忽那賢志教授が紹介していますが、HeらがNature Medicineに2020年に発表した論文(Temporal dynamics in viral shedding and transmissibility of COVID-19. Nat Med 2020; 26: 672-5)は、新型コロナとインフルエンザの感染性の違いを明確に示しています(図)。


 この図の通り、季節性インフルエンザではウイルスが感染し、潜伏期から発症した後にウイルス排出量、すなわち感染性のピークがあります。インフルエンザ感染の伝搬は、発症した患者から、咳やくしゃみを介して生じるということです。しかし、新型コロナは発症前から感染性のピークがある点がインフルエンザとの大きな相違点です。発症前の無症状の間にも、感染が伝搬してしまうのです。さらに無症候のままの感染者も一定数存在し、無症候であっても感染は伝搬します。
インフルエンザとの相違点はさらに、唾液中のウイルス量にもあります。新型コロナでは、唾液中にウイルスがインフルエンザより多く存在しているのです。これが、新型コロナは唾液で検査ができる理由であり、また、会食を介して伝搬する一因にもなっています。

忽那教授によれば、新型コロナが流行する前のマスク着用は、有症者が咳やくしゃみによってウイルスを含む飛沫を飛ばさないことを主な目的としてきたのですが、新型コロナ流行後のユニバーサルマスキングは、咳やくしゃみがなくてもマスクを着用して、唾液を含む飛沫を飛ばさないという目的に変化してきているのです。新型コロナでマスクを着用する意義がインフルエンザとは異なることは、これまで明確に指摘されていません。それでも教授は、オミクロン株以降、新型コロナの重症度がここまで低下していることを踏まえれば、一般集団でマスクを着用する意義は相対的に低下しているとしています。

3)新潟医療福祉大学構内ではどうするべきか
 厚労省のHPは現在も、「周囲の方に感染を広げないためにマスクを着用しましょう」として、受診時や医療機関・高齢者施設などを訪問する時、通勤ラッシュ時など混雑した電車・バスに乗車する時を、また「ご自身を感染から守るためにマスク着用が効果的です」として、重症化リスクの高い方(高齢者、慢性肝臓病・がん・心血管疾患など基礎疾患を有する方、妊婦を明示)が感染拡大時に混雑した場所に行く時を挙げています。
 基礎疾患を有する人たちや高齢者は、新型コロナに感染すると重症化しやすいことが分かっています。新型コロナだけでなく、他の呼吸器系感染症においても同様です。病院の入院患者さんや高齢者施設の入所者に、呼吸器系の感染症が加わることによって、致命的な結果になる可能性があるのです。
マスク着用の問題からは離れますが、日本人高齢者の死因については、超過死亡の解析からの反論があります。わが国ではパンデミック後、超過死亡が増加していますが、新型コロナ感染による直接的な感染死ではないという指摘です。入院中、あるいは施設入所中の高齢者が運動不足に陥り、体力の低下が加わるために、すでに罹患している基礎疾患が増悪して死に至る場合が多いのではないかというのです。この問題はまだ答えが出ていないと思います。医療機関において、ハイリスクの高齢者、入所者を新型コロナから守りながら、いかに運動不足に陥ることなく、体力を維持しながら、入院・療養生活を続けることができるか、が新たな課題となっているわけです。

 オミクロン株以降の新型コロナウイルスに感染した場合、少なくとも6か月程度は再感染を起こしにくいとされています。現在、わが国におけるオミクロン株に対する抗体の陽性率は、厚労省が2023年7,8月に実施した診療所で採取された血液検体におけるN抗体の陽性率から推定すると、全世代での陽性率は51.1%ですが、5歳~14歳では約75%、40歳代で約50%であるのに対し、70歳代、80歳代では約25%に過ぎず、世代によって大きな差があることが分かっています。ハイリスク高齢者の抗体陽性率はまだまだ低いということです。この値が上昇して一般集団と同等になれば、病院や高齢者施設でも、マスクの着用の必要性は低下するでしょう。しかし、わが国ではまだ、この値が低いので、医療機関や高齢者施設では、マスクを着用した方がよいという結論になります。また、時間の経過とともに抗体価は低下しますので、6か月毎くらいには抗体の陽性率をフォローしていく必要があります。一方、季節性インフルエンザでは、咳やクシャミにウイルスが含まれていますから、従来通り、こうした症状がある間は、マスクをして感染の拡大を防ぐことになります。

 新潟医療福祉大学は「優れたQOLサポーター」を育成することを目標に掲げる大学です。QOLサポーターの本質は、誰かの役に立ちたいという「利他のこころ」にあると、卒業式や入学式の式辞で再三お話ししている通り、この建学の精神は「他者への配慮」「他者へ共感」を前提としています。マスクの着用は、自らが感染しないためというよりも、感染弱者に感染させないようにすることが主な目的であり、他者への配慮そのものなのです。他者への配慮としてマスクを着用するという意味を、本学に関係する皆さんと改めて確認し、皆さんには学生諸君に対して、このような視点から指導を続けていただきたいと思います。
 高齢者の抗体保有率が一般集団並みに上昇する(自然感染よりも、ワクチン接種による獲得免疫が主体になります)までは、学外実習でハイリスクのクライアントに接することになる学生諸君が多数を占める本学では、感染弱者に対する配慮を続けたいと考えています。

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