今回も前回に引き続き、新型コロナウイルスとそのワクチンに関して、皆さんの関心が高いと思われる話題をいくつか取り上げます。学内における今後の新型コロナウイルス対策を円滑に進めていくために、教職員の皆さんと情報の共有を図ることを目的としています。
1)集団免疫
新型コロナウイルスにどれくらいの割合の人が感染し、あるいはワクチンを接種して免疫を獲得すれば、集団としての免疫が得られるのでしょうか。集団免疫が成立するための条件について、以下京都大学の西浦博教授の解説を紹介します。基本再生産数、実効再生産数がキーワードになります。
1人の感染者が感染の経験がなく、免疫もない集団で生み出す二次感染者数の平均値を基本再生産数R0と呼びます。この集団のワクチン接種率をpとすると、接種を受けていない(1-p)には接触すれば感染する可能性が残りますから、ワクチン接種を行った環境で1人の感染者が生み出す二次感染者数の平均値は(1-p)x R0 となります。感染防止対策下での再生産数なので、これを実効再生産数と呼んでいます。この値が1を下回れば、集団内の感染者数は減っていき、感染がいずれ消退することを意味します。(1-p)x R0<1 をpについて解くと p>1-1/R0 が得られ、感染が治まるために必要なワクチン接種の達成率が求められるわけです。
実際には、感染者は集団外にも移動し、感染後には回復する場合も死亡する場合もあります。またウイルス感染が拡大していく場合も、感染のしやすさは一様ではなく、年齢、職業、周囲の環境などによっても感染リスクは異なります。ここでは最も単純なモデルとして、仮定を簡略化していますが、ポイントは、感染を抑制するために必要なワクチン接種率は、基本再生産数によって変動するということです。
新型コロナウイルスの基本再生産数は、感染防御対策がなされていない状況では当初世界的に2.5と見積もられていました。R0=2.5とすれば、pが0.6以上であれば、つまり凡そ60%がワクチン接種か、自然感染によって免疫を獲得すれば、集団内の感染は消退していくことになります。R0=2.5の状況がそのまま続いていれば、ワクチン接種が新型コロナウイルス感染症のゲームチェンジャーとなり、60%までワクチン接種が進めば、感染は抑制されるはずでした。しかし、感染力が増強した新たな変異株が登場したことによって、この目論見は成り立たないことになってしまいました。ワクチン接種を60%で済ませたからといって、すぐに集団免疫が成立するとは言えなくなったのです。
現在、流行の大半を占めるインド株(δ株)の感染経路の主体は、接触感染や飛沫感染ではなく、エアロゾル感染と考えられるようになりました。このためδ株の感染力は、水疱瘡レベルのR0=8前後と推定されています。仮にR0=5 ではp>0.80 となり、R0=8 ではp>0.875 となります。基本再生産数の推定方法にも色々あり、δ株のR0は8では高過ぎるとしているものもあります。仮にR0=8レベルとすれば、本学のワクチン接種率は学生・教職員全体で現在83%ですから、十分高い値ではありますが、それでもまだ87.5%には達していません。繰り返しますが、感染力が増強したδ株が主体となったことによって、従来株に対するワクチン接種は、全てを解決できるものではなくなってしまったのです。
δ株による感染の第5波が何故急速に縮小しているのかは、専門家の間でも説明困難なのですが、この機会に政府は行動制限の解除に進もうとしています。9月末で緊急事態宣言とまん延防止等重点措置は、全ての自治体で解除されました。10月からは、ワクチン接種者には、従来の14日間の行動制限と観察期間が10日間に短縮されます。10月にはワクチンパスポートの「実証実験」を複数の自治体で実施し、11月からは実際にパスポート等を発行して、移動制限を緩和するというメッセージがすでに出ています。これを受けて「ワクチンを2回接種したので、自分はもう大丈夫だ」と10月最初の週末から旅行に出かける人たちのニュース映像が流れていますが、残念ながら大丈夫ではありません。感染防御対策は引き続きしっかり守っていく必要があるのです。その理由の一つはブレークスルー感染の存在です。
2)ブレークスルー感染
予定通り2回のワクチン接種を済ませた人たちでも、感染してしまう現象をブレークスルー感染と呼んでいます。2回目のワクチン接種後14日程度を経過すれば、B細胞から十分量の中和抗体が産生され、メモリー細胞もT細胞免疫も賦活化されます。この中和抗体価は半年も経つと次第に低下してきます。季節性インフルエンザでも毎年ワクチン接種が必要なのと同じく、2回のワクチン接種で新型コロナウイルスに対して終生免疫が得られるわけではありません。そこで、ワクチンを接種して14日以内に、あるいは半年程度を経過してから、ウイルスに再度曝露されれば、感染が成り立つ可能性があります。またδ株のように、ウイルスの変異によっては、感染が起き易くなる可能性もあります。ワクチン接種ではなくウイルスに実際に感染した人たちの一部にも、再感染が起きています。
現行のワクチンは、δ株に対する発症抑制、および重症化抑制にはいまだ十分有効とされていますが、感染抑制効果は減弱しています。また、ブレークスルー感染の場合に排出されるウイルス量は、初感染の場合と変わらないと報告されています。ワクチン接種を受けていれば、自身は重症化しないで済む可能性が高いですが、未接種者に感染させるリスクは変わらないのです。また、ブレークスルー感染は軽症であるという報告もされており、本人が軽症で済むのはよいのですが、他者に感染させ得ることが問題なのです。実際、最近の米国における死者の大半は、ワクチン未接種の人たちで占められています。
したがって、ワクチン接種者も未接種者もともに、自らが感染しないように、さらに他者に感染させないように、人との接触を控え、エアロゾル感染を防止するための対策をこれからも維持する必要があるのです。今回のδ株による感染が急速に消退しつつあるとはいえ、新たな変異株の出現も予想しておかなければなりません。コロナウイルス感染が増加する冬季には、感染の第6波が生じる可能性は十分あると考えます。
これまで自粛要請が続きましたので、皆「自粛疲れ」を感じています。こうした状況で、「2回ワクチンを接種した人にはパスポートを発行するので、移動の制限はいらなくなります」というメッセージを出すのは、リバウンドのリスクが大きいと言わざるを得ません。
3)ブースター(追加)接種
2回のワクチン接種を受けても、中和抗体の量は時間とともに減弱してきますので、いずれ追加接種が必要になります。中和抗体価を経時的に測定して行けば、抗体価がどの程度低下してくると、感染リスクが上がってくるのかがわかるはずですが、まだ抗体価と追加接種について明確なデータは出ていません。中和抗体価が低下してきても、T細胞免疫が十分機能していれば大丈夫という解説もありますが、これはやはり、実際にT細胞免疫の状態を測定したデータが出てこなければ、評価できません。
WHOは、現行のワクチンには十分な感染予防効果、発症予防効果が残っているので、追加接種は必要なく、まだ2回の接種が終了していない人たちへの接種を優先すべきであるという見解を公表しています。先日、世界の専門家が連名でLancet誌に論文を発表しましたが、主旨はWHOと同じです。一方、米国などは追加接種をすでに開始しています。
わが国では接種後8か月を経過した医療従事者から、追加接種が実施されることになりました。これまでの不手際を点検し、ワクチンは必要な量が確保され、必要なところに確実に分配できるのでしょうか。今夏には2回目の接種が4週間では受けられない「モデルナ難民」と呼ばれる人たちが生まれてしまいましたが、次は大丈夫でしょうか。ファイザー製、モデルナ製は交差接種の方が有効なのでしょうか。ワクチン接種証明書はアナログで発行するのでしょうか。幸い感染が急速に消退している今こそ、医療体制の整備やワクチン・治療薬の確保、保健所のフォローアップ体制の見直しなど、これまでに明らかになった課題を解決しておかなければならないのですが、心配です。
4)今後の見通し
欧米の多くの国や地域では、9月の新学期から公務員などにワクチン接種を義務付けました。対面式授業に出席を希望する大学生には、ワクチン接種を義務付けている大学があります。ワクチン未接種者はワクチン接種を受けるか、あるいは検査を受けて陰性証明書を定期的に提出するよう求められています。ワクチンパスポートがすでに実用化されているドイツではこれまで、感染したことを証明すること、ワクチンを接種すること、検査を受けて陰性証明書を提示することは同等でしたが、従来は無料であったPCR検査が今後は有料になると報道されています。ワクチン未接種者は次第に居場所がなくなりつつあるのです。
わが国では予防接種法を改正して、新型コロナウイルスワクチンの接種を義務付けることはないと思います。接種を受けるか否かは個人の判断ですが、今後も推奨を続け、ワクチン接種にリスクがある人たち以外は出来る限り接種を受けていただきたいと思います。しかし、同時に、学内で接種者と非接種者の分断が生じないように、ワクチン接種を受けていない人たちが不当な圧力、差別、誹謗中傷などに晒されないように、未接種者の権利を守ることも改めてお約束しておかねばなりません。
現状で移動制限が解禁されるのであれば、感染防御対策は十分守られていなければなりません。わが国では依然として接触感染、飛沫感染を念頭に置き、3密を回避し、社会的距離を保つことが重視されていますが、エアロゾル感染が主体とされてからは、状況が変わっていることを理解して行動しなければなりません。最も重要なのは常時マスクを着けていることと、換気を徹底することです。会食やカラオケの回避も続ける必要があります。飲食店のアクリル板は空気の流れを停滞させてしまい、エアロゾル感染を防ぐためには、却って適切でないという指摘があります。先週末の報道に感じられる「解放感」は、多くの国民が待ちに待ったものであったことは十分理解できますが、必要な感染防御措置が取られないままでは、感染のリバウンドを招く結果になってしまいます。
英国では、ワクチン接種がある程度行き渡った時点で、7月19日から移動の制限を全て撤廃しました。その結果、δ株による感染が増加し、死者も再び増加しています。世界的にはδ株の感染拡大を受けて、一旦解除した行動制限を再開した国もありますが、英国は方針を変えていません。10月2日時点で公表されている直近7日間の英国における死者数の平均値は115人で、わが国の同時期の死者数36人のほぼ3倍です。経済活動を再開させるために、英国では「この程度の」犠牲は覚悟しているという見方もあります。わが国はもともと感染者数も死者数も欧米よりも少ないので、わが国でも「この程度ならば」インフルエンザと同程度なので、経済活動の再開に舵を切るべきであるという主張が勢いを増しているのだと思います。インフルエンザはこれまで1シーズンで約1,000万人が罹患し、約1万人(0.1%)が死亡しています。このうち直接死は3,000~4,000人程度と見積もられてきました。新型コロナウイルス感染症の致死率は、昨年の2%足らずから1%程度に低下してきていますが、インフルエンザよりは依然高い数値です。特に高齢者における致死率の高さ、後遺症の多さなどから、いまだインフルエンザ並みとは言えないと判断しています。
とはいえ、最近になって新型コロナウイルス感染症もインフルエンザ並みになる可能性が出てきていますので、ご紹介します。
まず、経口薬の実用化に向けた動きが活発になり、冬季までに上梓される可能性が出てきました。メルク社の「モルヌピラビル」は入院・死亡のリスクを5割減じたと報告されています。近く米国で認可申請が出され、早ければ年内にも実用化される見込みになっています。新型コロナウイルスに対しても、初期の軽症例には抗体カクテル療法が有効とされ、わが国でも外来診療で使用できるようになりました。インフルエンザに対するタミフル(経口)、リレンザ(吸入)、イナビル(吸入)、ラピアクタ(注射)のように、有力な治療薬のラインナップが揃ってくれば、ワクチンの効果と相俟って、新型コロナウイルスもコントロール可能なレベルになることが期待できます。
次に、新型コロナウイルスは頻繁に変異を生じるRNAウイルスですが、それ故にウイルスにとって重要な遺伝子に変異が蓄積してくると、ウイルスが自壊を始めるという「カタストロフィー理論」が提唱されています。今回のδ株の急速な減少においても、この可能性が指摘されていますし、このように考えれば、δ株以上に感染しやすい、あるいは重症化しやすい変異株は今後生じないのではないかという希望的観測も出ています。
有望な治療薬の開発とワクチンの接種によって、さしもの新型コロナウイルスもインフルエンザ並みの感染症となる日も近いのかもしれません。しかし、繰り返しますが、今はまだ、もう少しの辛抱の時期です。皆さんにとって一番の関心事は、現在の行動規制をいつ、どの程度に緩和できるかであると思いますが、学内の17%がまだワクチン未接種であり、無症状やごく軽症の感染者と接触すれば、感染する可能性があります。重症化するリスクも、ワクチン接種者より高いのです。17%の未接種者の中で、不安を感じたり、副反応を恐れたりして接種を見送っている方には、現状を丁寧に説明し、接種を受けていただけるように説明を続けます。開志専門職大学での職域接種は終了しましたが、10月には新潟脳外科病院で接種を受けることができます(電話で直接申し込んでいただくことになりますので、事前に情報を確認してください)。
冒頭の集団免疫の話題で、接種率が凡そ9割(計算値では87.5%以上)に達すれば、学内で感染が拡がらない状況が期待できますので、学内全体での接種率を9割とすることをまず目標に据えています。それまでは現在の規制を全て撤廃するのは時期尚早という判断です。現行の大学方針は10月28日までを想定していますので、国や県の状況をみながら28日までに開催される次回の危機管理対策委員会において、規制緩和の具体策についてご議論いただく予定としています。教職員の皆さんのご理解とご協力をいただきたいと思います。