「学長室から」2021年5月号をお届けします。今回は新型コロナウイルスに対するファイザー製ワクチンの接種を受けましたので、その体験とともに、1月号に続きワクチンの現状についてお知らせします。
1)ワクチン接種体験記
まず、私の個人的ワクチン接種体験です。1回目の接種では、3時間後くらいから、全身の倦怠感が始まりました。熱発することはありませんでしたが、翌日朝から倦怠感が強くなりました。一度は出勤したのですが、仕事にならず、そのまま帰宅させていただきました。昼過ぎまで横になっていましたら、接種24時間後には倦怠感はほぼなくなりました。筋注を受けた左三角筋は夜から痛み始め、左腕は使えないほどでしたが、丸1日続いて2日目の朝にはなくなりました。これまでに受けた予防接種よりも、全身倦怠感が強い、注射局所の痛みが強いという印象でした。
3週間後の2回目の接種では、1回目よりも副反応が強いという情報がありましたので、解熱鎮痛薬(アセトアミノフェン、市販名カロナール)を用意して臨みました。3時間後くらいから少し悪寒がありましたが、熱発はしませんでした。1回目の経験から、翌日は在宅ワークとさせていただいていましたが、倦怠感は1回目よりもむしろ軽く、接種翌日の昼にはほぼなくなりました。左三角筋の痛みは前回同様で、2日目の朝まで続きましたが、その後はなくなりました。解熱鎮痛薬は結局使いませんでした。
今回のワクチンは、2回目に発熱、倦怠感、頭痛などの副反応が出やすいとされています。筋注部位の疼痛はほぼ必発です。我が国の医療従事者への接種では、発熱、倦怠感などの発現頻度は、初回は1割以下ですが、2回目は4割弱に増えています。また、副反応は若い世代に出やすく、高齢者ではかなり少なくなるとされています。念のため、若い世代は接種の翌日は休みを取り、在宅ワークとなさるようお勧めします。
2)コロナワクチン-その後の状況
わが国ではワクチン政策の失敗から、ワクチン接種率は「先進国」で最低レベルに甘んじています。取組みが遅れたことなど、さまざまな要因が指摘されていますが、予防接種に対して厚労省が慎重姿勢を取り続けていることも一因であり、それにはわが国特有の歴史が背景にあります。
これまで種痘、ジフテリア・百日咳ワクチン、流行性耳下腺炎ワクチンなどの予防接種で副反応が生じた際に、わが国では司法がワクチンに高い安全性を要求し、行政に対して厳しい判決を出してきた結果、腰が引けた厚生省は1994年に予防接種法を改正して、予防接種を義務接種から推奨接種に切り替えました。ワクチンが定期接種から任意接種になると、接種率は下がります。最近では、子宮頸がんワクチンの接種率が70%以上から1%以下まで低下したままであることはご存じでしょう。国際的には、重要な感染症に対しては「義務接種」としている国が多いのです。
加えてわが国のマスコミは、ワクチンの有効性を解説するよりも、副反応を強調します。今回も、アナフィラキシーが発生しているという報道が目立ちましたので、一人でも直接の死亡例が出れば、わが国では接種がストップしてしまったかもしれません。7月末までに高齢者全員に接種するという目標が決まると、今度は「危険性」を忘れたかのように、予約が取れないことばかりを報道しています。
明石家さんまさんがワクチン接種は受けないと宣言して話題になりました。接種は任意なのですから、接種を受ける、受けないは個人の判断に委ねられ、国が義務として強制するものではありません。副反応が心配などの理由で接種は受けないという個人の判断も尊重されるのです。しかし、組織に所属する立場では、接種を受けないという人たちが圧力や差別を受けるおそれがあることはすでに指摘されています。昨年の「自粛警察」と同じような動きが起こる可能性があるのです。本学でも、このような事態にならないようにしなければなりません。
新型コロナウイルスに対する集団免疫を獲得するには、国民の少なくとも約6割が接種を受ける(あるいは自然に感染して免疫を獲得する)必要があるとされています。世界的にみて、ワクチン接種率が最も高いイスラエルや英国では、新規の感染者数は明らかに減少しています。今回接種されているmRNAワクチンの感染予防効果、および重症化予防効果は非常に高く、報告では、ファイザー製の発症予防効果は95%、モデルナ製は94%です。アストラゼネカ製は少し落ちますが、それでも70%で、季節性インフルエンザワクチンよりもはるかに高いです。
すでに英国型などの変異が生じていますが、幸いなことに、英国型の変異ウイルスにも現在のワクチンは有効とされています。問題は新たなインド型の変異ですが、仮に現在のワクチンの効果が減弱しても、新たな変異型に対するmRNAワクチンを開発することは容易であり、数か月あれば新たな変異型にも対応できるワクチンが供給されることでしょう。この点が、不活化ワクチンを作るためにウイルスを大量に培養する必要があったインフルエンザワクチンとの大きな違いです。
国として集団免疫の獲得を期待するのであれば、ワクチンに不安を感じている人たちに対して、国も厚労省もマスコミも、効果と副反応についてしっかりと分かり易く説明し、国民が正しい理解を得るよう努力を続けなければなりません。
50万人以上の死者を出している米国でも、接種済みは40%余りで高止まりし、接種希望者は全体の70%までで、残り30%は「ワクチン接種は国が強制すべきものではなく、受けない権利がある」と主張する人たちであると報道されています。公共の場所ではマスクをするべきか否かと共通する議論になり、共和党のトランプ前大統領の岩盤支持層に多い意見とも言われています。若い世代への接種の促進に向けて、どのようなインセンティブを用意するかが議論されているのです。
わが国は周囲からの「同調圧力」が強いと感じますが、上記の通り、ワクチンに対する信頼性が低く、かつまた、副反応に敏感な国でもあるので、どのような反応になるでしょうか。パンデミックに倣って、WHOはインフォデミックという言葉を作って、デマ情報に惑わされないよう注意を促してはいますが、ネットでは「専門家」からも、そうでない人たちからも、さまざまな意見が発信されていますので、一般の方には何が正しく、何がフェイクなのかを判断することも難しいのではないかと思います。
ここでは「こびナビ」という、新型コロナウイルス感染症やワクチンに関する正確な情報を提供することを目的として、2021年2月に開設されたサイト(www.covnavi.jp)をご紹介しましょう。Q&A方式で知りたい情報が的確に提供されていると思いますので、心配なこと、気になることがあれば、ご覧になるようお勧めします。私のこの小論は研究論文ではありませんので、記載の根拠となる文献をほとんど引用していません。このサイトには文献も引用されていますので、必要な方はこちらで確認していただきたいと思います。
3)ワクチンの副反応、特にアストラゼネカ製ワクチンによる血栓症の合併
ご存じのように、今回使用されているmRNAワクチンは人類史上初めて実用化されたもので、新型コロナウイルスの表面のスパイク蛋白をコードするmRNAを、1)脂質ナノパーティクルのカプセルで包んだもの、2)アデノウイルスベクターに組み込んだもの、の2種類があります。アデノウイルスベクターはもちろん、アデノウイルス自体が増殖しないように遺伝子を改変してあります。前者はファイザー・ビオンテックとモデルナ製、後者はアストラゼネカとジョンソン&ジョンソン製があります。
すでに1億人を超える人たちが接種を受けていますので、短期的な副反応には大きな問題はないと思います。しかし、中期的・長期的な副反応については、人類の誰も経験がありませんので、正確にはわからないとしか言えません。ワクチン接種を受けることによるメリットと、予想されるデメリットを勘案して対応を決める他ないのです。しかし、ワクチンの副反応の大半は接種後6週間以内に起こるとされていますので、これまでの世界的な接種状況からは、予期せぬ副反応が中長期的な観察で初めて確認されるという可能性は非常に低いと考えてよいと思います。
また、ワクチンの作用の人種差を懸念する声もあります。国際治験では、世界各地の約4万人ずつのグループを比較して有効性や安全性が検討されましたが、日本人はこの国際治験に参加していません。今回、わが国で承認のために実施された臨床治験の参加者は、いずれのワクチンもわずか200人程度です。これでは0.1%程度の頻度で発生する副反応は捉えられませんので、日本人を対象とする安全性試験は、一応やりましたという程度の情報しか得られていないのです。日本人に固有の副反応がもしも存在するとすれば、出現するのはこれからになります。しかし、これまでの他のワクチンの使用経験からは、この可能性も非常に低いと考えられます。
世界的には、アデノウイルスベクターを利用するタイプのワクチンで、若い世代に血栓症の合併が報告されています。WHOや欧州医薬品庁は、メリットがリスクを上回るとして接種を推奨していますが、ヨーロッパでは国によって対応を任せています。皆さんの関心も高いと思いますので、岐阜大学脳神経内科の下畑享良教授に教えていただいた情報を以下に紹介します。
報告は、デンマークとノルウェーにおけるアストラゼネカワクチン接種後28日間の心血管イベントおよび出血イベントの発生率についてです(BMJ. May 5, 2021. doi.org/10.1136/ bmj.n1114)。18~65歳が対象で、過去の一般集団を比較対象コホートとし、デンマークでは148,792人、ノルウェーでは132,472人が接種を受けています。心筋梗塞、脳梗塞等の動脈性イベントの標準化罹患率は0.97で増加はなかった一方で、静脈血栓塞栓症は、過去の一般集団の発生率から予想される30例に対し、ワクチン接種群では59例あり,標準化罹患率は1.97と約2倍に増加し、ワクチン接種10万回あたり11回の過剰イベントに相当しました。脳静脈血栓症の標準化罹患率は2.025で、予防接種10万回あたり2.5回の過剰発生でした。
以上より、ワクチン接種により静脈血栓塞栓症の発生率が上昇することが示されました。静脈血栓塞栓症の絶対的リスクは小さいこと、ワクチンの感染予防効果は証明されていること、さらに各国の状況等を考慮して、ワクチンを接種するか否かを判断することになります、とまとめられています。
ヨーロッパではこのような報告を基に、デンマークとノルウェーはアストラゼネカ製ワクチンの使用を停止し、フランスは55歳以上、ドイツ・イタリアは60歳以上に使用しており、国により対応が分かれています。本家の英国は40歳以上への使用を推奨しています。
4)我が国の対応
5月20日に厚労省で専門部会が開かれ、モデルナ製とアストラゼネカ製ワクチンの国内販売が承認されました。モデルナ製は18歳未満には用いないという制限はつきましたが、24日から始まった東京・大阪圏における公的な大規模接種に使われています。一方、アストラゼネカ製は、承認はされましたが、直ちに予防接種法の対象とはしないことになりました。したがって、当面、公的接種に用いることはなくなり、推奨される年齢などについて、さらに検討を重ねることになります。やはり、アストラゼネカ製のアデノウイルスベクターワクチンの副反応に重きをおいた決定と思います。
わが国では7月末までに高齢者に対する接種を終了すると宣言していますが、接種を受けるワクチンを選べるかどうかが先送りされていました。厚労省は、当初は選べることを前提として、1接種会場では1種類のワクチンを使用すると想定していましたが、河野太郎担当大臣がこの方針を否定したために、現場で混乱が起きました。最近になってファイザーから追加購入できることになり、アストラゼネカ製を使わなくても、不足はなくなったようですが、皆さんがファイザー製・モデルナ製を希望すると、今度はアストラゼネカ製のワクチンが余り、ワクチンが行き渡らない国々から批判される可能性がありました。21日の厚労省の決定によって、アストラゼネカ製ワクチンはおそらく今後、備蓄や途上国への援助などに振り替えられると思います。
ワクチンの輸入量に限りがあるのであれば、本来は感染リスクが高い地域からワクチン接種を行うべきです。感染者数が少ない地域にも一様に、平等にワクチン接種を行うのは、最も効果的な予防法とはいえません。感染リスクが高い地域の若い世代が、感染してもほぼ無症状で、ウイルスをさらに拡散させてしまうのを防ぐ必要があるのですから、住民の年齢ではなく、感染リスクが高い地域での接種を優先するべきなのです。
オリンピックが開催されるかどうか、まだ決定されていませんが、選手への接種を優先することにも批判があり、接種を受けないという選手にも批判があります。選手には大変悩ましい問題であり、オリンピック関係者は、選手が競技に専念できる環境を用意しなければなりません。
4)本学の対応
本学では、感染予防のため、また感染しても重症化を防ぐ目的から、世界的な接種状況と副反応の発生状況を勘案して、ファイザー製、あるいはモデルナ製ワクチンであれば、接種のメリットがデメリットを上回ると判断し、若い世代の学生さんたちにもワクチン接種を受けてもらいたいと考えています。ワクチンに対して慎重なスタンスをとる日本人が、短期的な効果と副反応、中長期的な効果と副反応の恐れについて冷静に判断するには、国から繰り返し、的確な情報提供を続けることが必須です。若い世代はこれまで、仮に感染しても無症状か軽症が多かったのですが、英国型変異では従来よりも若い年齢層でも、肺炎が急速に悪化して死亡してしまう例が大阪から報告されており、これまでとは状況が変わっています。若い世代でも重症化するリスクが高まったのであれば、若い世代もワクチンによって予防する必要があると考えるのが妥当です。
さまざまな理由で、この国はワクチン接種について他国の周回遅れとなってしまっています。自粛をお願いするばかりでは、緊急事態を宣言しても、蔓延防止等重点措置を採っても、もはや多くの国民には両者の違いもわからなくなっているのではないでしょうか。経済的に困窮する人たちが増えていることも心配です。完全失業者は増えていないのかもしれませんが、「実質的」失業者が大幅に増えていると指摘されており、いまだ十分な支援は届いていません。コロナ前は減少していた自死が最近増加しているのも、大変気になるところです。
オンライン授業が続く大学生もまた、深刻な影響を受け続けています。こうした事態を打開するためには、大学生にもワクチン接種を進める以外に、現状では有効な選択肢はありません。萩生田文部科学大臣は5月14日の記者会見で漸く、「学生・教員も接種対象者となるよう取り組んで行きたい」と述べています。いつになるかわからないワクチン接種の完了まで、こうした状況で大学を運営していくしかないのは大変残念です。1年間、この国はいったい何を学び、備えてきたのかと情けなくなりますが、それでも、今できることを積み重ねて、この危機に対処して行く他はないのです。皆さんの気持ちが倦んでしまっては、学内でクラスターが発生し、大学はさらに大きな影響を受けかねません。学生諸君を守りながら、教職員の皆さんと協力して大学の使命を果たして行きましょう。