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2021.01.22

学長室から~第3号~「新型コロナウイルスのPCR検査とワクチンについて」

 教職員の皆様、遅ればせながらですが、あけましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願い致します。新型コロナウイルス感染が昨年末から急速に拡大したため、とても「良き新年をお迎えください」とは申し上げられません。どうかくれぐれも感染しないように、また感染させないように、十分ご注意いただきたいと思います。

 新型コロナウイルス感染症については、巷にもインターネットにも、さまざまな情報が溢れています。玉石混淆で、何が真実なのか、容易には判断できないことも多いのですが、科学の立場から、これまで明らかになっていることを整理してみるのは、価値あることと思います。今回はPCR検査と話題のワクチンについて、1月13日に健康ビジネス協議会で講演した内容を一部ご紹介します。皆様のご参考になれば幸いです。

 

 新型コロナウイルスが季節性インフルエンザよりも対応が難しいのは、オックスフォード大学による感染ルートの解析で、発症前の無症候感染者からの感染が46%、症状のある感染者からが38%、最後まで無症状の感染者からが10%、その他のルートからが6%と報告されているように、すでに半数以上が無症候の感染者からの感染であることによります。

 わが国で続けられてきたクラスター解析は、発症者を特定し、隔離することで感染拡大を抑制する方法であり、発症者対策でした。しかし、無症候者からの感染が半数以上となれば、クラスター解析の手法は通用しません。また、神奈川県の保健所では患者数の急増のため、濃厚接触者の追跡調査を断念するところが出てきて、クラスター解析自体が不可能になっています。感染が疑われる集団は全員検査をして、無症候感染者を特定しなければ、対策は立てられません。このためにPCR検査を行うのですが、依然として感度70%、特異度99%という誤った数字を基に、PCR検査を増やすべきではないという意見が声高に叫ばれています。

 「感度」とは、感染している人の中でその検査により正しく感染している(陽性)と判定される割合を指します。感度70%とは、実際は感染していても陰性と判定される人(偽陰性といいます)が30%生じることを意味します。偽陰性が生じる原因は、実際には検体採取の時期によることが多く、PCR検査の検出力が不十分であるためではありません。また、検体の採取方法や保存方法等が適切かという問題もあります。最近、感度は90%以上という報告が国内から出ています。

 また「特異度」は、感染していない人が正しく感染していない(陰性)と判定される割合を指します。特異度99%とは、1万人検査をすると1%の100人は感染していないにもかかわらず、陽性と判定される(偽陽性といいます)ことを意味します。しかし、PCRは非常に鋭敏な検査法であり、検体の混入による技術的問題くらいしか偽陽性となる理由がありません。検体処理を自動化すれば、特異度は99.999%以上に高めることができるとされています。であれば、10万人を検査しても、偽陽性は1人以下になります。

 無症候感染者からの感染が半数以上となった現在も、「一般の人たちに広く、偽陽性・偽陰性の多いPCR検査を実施すれば、皆が病院に殺到して、医療崩壊が起こる」と言い続けるのは、悪質なミスリードです。検査をしなければ、感染者か否かが判断できないのですから、発症者対策だけでは感染防御対策にならなくなっているのが現実です。後ほど紹介する黒木登志夫先生は、民間臨調の調査・検証報告書を引きながら、PCR検査体制の充実・強化は、2010年の新型インフルエンザの蔓延の時以来、指摘されてきたことでありながら、わが国は台湾や韓国のようにSARSやMERSを経験しなかったために、検査や医療体制の整備に取り組んでこなかったと述べておられます。

 1月14日のBSフジに出演した田村厚労大臣は、「PCR検査は費用対効果が低い」ので、医療・介護施設など、可能性の高い場所で集中的に検査を行う方針と述べていました。しかし、これでは最近特に増加している、20代、30代で無症状ながら感染力は保持している感染者を捉えることはできません。5,000人近い学生・教職員の安全を守らねばならない立場からは大変心配です。

 

 新型コロナウイルス感染症では、高齢者や基礎疾患がある人は重症化したり、死亡したりするリスクが高いと指摘されています。特異的な治療薬はないものの、重症者の治療にはわが国も経験を積んできたので、致死率は初期よりも低下してきていました。ウイルス自体の変異によって、軽症化してきた可能性もあります。わが国での感染の第1波は欧州型、第2波は日本型の変異型ウイルスによるものでしたが、現在進行中の第3波に今話題のイギリス型や南アフリカ型などの変異型ウイルスがどれだけ寄与しているかは、今後の解析次第です。それでもわが国と全世界の致死率は、1月10日時点でそれぞれ1.41%、2.14%ですから、こうした状況を打破する切り札として期待されるのがワクチンなのです。

 従来用いられてきたウイルス感染症に対するワクチンは生(弱毒化)ワクチン、不活化ワクチンなどで、ウイルスを大量に培養して調整をする必要がありました。一方、今回開発されたワクチンは核酸ワクチンと総称されるものです。新型コロナウイルスはRNAウイルスなので、ウイルス表面のスパイク蛋白質と呼ばれる蛋白質をコードするメッセンジャーRNA(mRNA)を体内に接種するのです。細胞に取り込まれたmRNAの情報を基にしてスパイク蛋白質が合成され、これに対して免疫反応が惹起されて、スパイク蛋白質に対する抗体が産生されます。新型コロナウイルスが体内に侵入してくると、例えば気道の上皮細胞に存在する受容体とスパイク蛋白質が結合し、ウイルスが細胞内に入り込んで、感染が成立しますが、抗体が産生されていれば、これがスパイク蛋白質と結合することによって、スパイク蛋白質と受容体との結合を妨げ、感染を防ぐのです。核酸ワクチンは、従来のワクチンよりも遥かに短時間で開発ができるというメリットがあります。また、仮にウイルスが変異してスパイク蛋白質の構造が変化しても、新たな変異mRNAから蛋白質を合成させ、新たな抗体を産生させればよいのです。

 今回ファイザー・ビオンテックとアストラゼネカから提供されたワクチンは、いずれもこのタイプのmRNAワクチンです。これまで人類が実用化したことがなかったワクチンですから、安全性はしっかりと担保されなければなりません。次いで、効果も実証されなければなりません。約2万人ずつの接種群とプラセボ群の比較で、大きな副反応はなく、発症者が90%以上少なくなったという結果から、欧米ではすでに使用が承認され、接種が始まっているのはご存じの通りです。

 わが国では、アストラゼネカが9月4日から約250人を対象に、ファイザーは10月20日から160人を対象に、国内第Ⅰ/Ⅱ相試験を開始しています。ヤンセンも9月1日から250人を対象に、組換え体ベクターワクチンの国内第Ⅰ相試験を開始しましたが、一時、海外で副反応が生じて中断されました。今は再開されています。ノバパックスの組換え体ベクターワクチンと、昨年12月1日に米国規制当局が緊急使用許可を出したモデルナのmRNAワクチンは、武田薬品が近く日本人を対象とした臨床治験を開始することになっています。ファイザーは12月にわが国での製造承認申請を出しました。いずれの治験も日本人の参加者数が少ないのが気になりますが、今後、日本人に対する安全性と有効性が確認されれば、規制当局の承認を経て、わが国でも接種が始まるでしょう。

 これらのワクチンはさまざまな副反応が生じることが予想されました。まず、デング熱に対するワクチンが失敗したように、ワクチンを接種することで、感染症が悪化してしまう現象が知られています(抗体依存性感染増強といいます)。新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンでは、これまでの欧米での接種状況からは、幸いこうした副反応は起きていません。

 わが国のニュース番組では副反応、特にアナフィラキシーが生じていることが大きく報道され、「それでもワクチン接種を受けますか」というようなインタビューが続きます。アナフィラキシーは確かに非常に恐ろしい副反応ですが、一人一人の体質の違いに由来するものですから、予測は困難なのです。ハチに刺された全員がアナフィラキシー反応を起こすわけではありませんが、一部の人はショック死してしまいます。給食のそばを食べて、亡くなってしまった小学生もあります。過去に何らかのアレルギー反応を起こしたことがある人は要注意です。個人によっては、こうした強い免疫反応が起こり得ることを覚悟しなければなりません。

 また、私は脳神経内科医ですが、「ワクチン接種後脳脊髄炎」という自己免疫性脳脊髄炎があることは、研修医の頃に読んだ教科書にもすでに記載されていました。このグループには特発性、感染後、ワクチン接種後という3型があり、ワクチン接種後に副反応として脳脊髄炎が起こることがすでに知られていたのです。感染源、あるいはワクチンと個体の免疫系との相互作用によるものですので、発症前に発症を予測することは困難です。遺伝子が全く同一である一卵性双生児の間でも、免疫反応の起き方は異なるのです。今回も海外の治験では、脳脊髄炎の一型である横断性脊髄炎が発生して、一時、治験が中断されています。

 新型コロナウイルスを抑え込むためには、国民の約6割に自然感染、あるいはワクチンによる集団免疫が成立する必要があると推計されています。ワクチンの接種は国民をこのウイルスから守るために必要な措置なのですが、そのために誰かが副反応を起こして犠牲になることを、日本人は許容できるでしょうか。世界でわが国だけが子宮頸がんワクチンの接種ができなくなったままで取り残されている現状や、今回のマスコミの報道姿勢をみる限り、折角のワクチンが認可されても、わが国では一人の副反応のために、その後は接種できなくなる可能性があるのではないかと思っています。こうした事態に至らないためには、副反応を起こした方は国として徹底的に守るという明確な意思表示が必要です。ワクチン接種を広める必要があることは明らかなのですから、なぜ新型コロナウイルスに対するワクチン接種が必要なのか、どのような副反応が予想されるのか、万一の副反応に対して国はどのように責任を取るのかを明示し、今のうちに国民の合意を得ておかねばなりません。

 私も高齢の基礎疾患持ちですので、新型コロナウイルスに感染しないように、日々最大限の注意を払っているつもりですが、ここまで無症候感染者が増えてしまうと、通常の感染防御策では限界とも感じています。ワクチンが認可されれば、接種を受けようと思います。

 

 本稿の執筆にあたり、行政内部の情報は、昨秋出版された民間臨調の調査・検証報告書を参考にしています。皆様には、以下の新書2冊を参考図書として推薦します。

1)アジア・パシフィック・イニシアティブ:「新型コロナ対応民間臨時調査会調査・検証報告書」、ディスカヴァー・トゥエンティワン、東京、2020/10/25

  巻末401-403ページのPCR検査に関する参考資料2は、PCR検査の感度を70%、特異度を99%とした議論です。

2)黒木登志夫:「新型コロナの科学 パンデミック、そして共生の未来へ」中央公論新社(中公新書2625)、東京、2020/12/25

  新型コロナウイルスについて、科学の立場から書かれた最も新しい、最も信頼すべき解説書であると思います。

3)峰宗太郎、山中浩之:「新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実」、日経BP・日本経済新聞出版本部、東京、2020/12/8

  今話題のワクチンに関する一般向けの解説書です。ただし、第6・7章のPCR検査に関する部分は、やはり感度70%、特異度99%を採用しての議論です。

 

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